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2006年10月19日

どうしても高齢者に目がいくのです(笑)

こんな介護ブログを書いているからか!?(笑)

街は高齢者だらけだ。

車で走ると、
頑張って、えんやこらえんやこらと、
歩道を歩いている。

特に、おばあちゃんが多い。

今日は病院に行ったし。

で、今まで感じなかったこと、
歩いてるおばあちゃんを見て、
「もう自分にはあのばあちゃんはいないんだな」
ということを初めて感じた。

急にはっきりしたので、
悲しいけれど、穏やかな感じ。


図書館にも行くと、
しばらくして入ってきたおばあちゃんが、
大きな声で、本の場所を尋ねていた。

職員の方は、優しく教えていた。

私は、とっさに、
(自分のばあちゃんだったら恥ずかしいな〜)
と思った。

でも、それは恥ずかしいことか?
店であれば迷惑な客か?

思えば、
そんなうわべばっかり見ているから、
心で物事を見たり、感じたりする
ことができないんじゃないか?

これじゃ、政治がちゃんと介護の現実を
見ていないなんて言えないな。

あのおばあちゃんに気付かせてもらった。



posted by ようちゃん at 16:22 | Comment(32) | TrackBack(12) | 思い

2006年10月17日

介護疲れするお嫁さんたち

老親介護を支えているのは、
依然として「お嫁さん」が多いようだ。


特集 介護のあした・嫁の訴え(信濃毎日新聞)


これを読んで感じたのは、
まず、介護を背負い込む
お嫁さんの特徴。

いい嫁と思われたい。
そのために姑からどんなことを
言われても耐える。
介護も投げ出さずやり切りたい。

このような人が多いと思う。

そして、固定化された家族観。

男は仕事。女が介護するのは当たり前。
施設に入れるのはけしからん怠慢だ。

自分自身の生き方、そして
家族にもそれぞれの人生があるという、
当たり前のことが見えていないと思う。

介護に対する考え方も
変えることが必要だ。


これは私の父にも言えること。

続きを読む



posted by ようちゃん at 12:27 | Comment(1) | TrackBack(1) | 介護の問題

2006年10月15日

高齢者にとっての思い出の比重


さっき父と母は、
デジカメを買いに行った。

お墓にも行く。


最近は、どこの家庭でも
持っているデジカメ。

介護ブログをしている人でも、
おじいちゃんやおばあちゃんの様子や、
その日一緒に見た景色などを
載せている人がいる。

それを見ると、
とてもほのぼのするし、
応援したくなる。


私も、ばあちゃんが生きている時に、
庭の花や桜を録って
見せてあげたかったな〜と思う。

私はあまり写真に興味がないんだけど、
お年寄りにとって、
思い出は財産なんだよね。

つじつまの合わない話を
することが多くなったばあちゃんが、

白黒の写真を見て、
輝いた表情で、
これは誰、この人は誰
と話してくれたのを思い出した。

そして、

ばあちゃんが一生懸命生きていた姿
もこのブログに残しておきたかった。

介護する側にとっても、
ブログに日々の様子を載せる
ということは、
ストレス解消になるんではないか
と思う。


今はこれが人気機種のようです。
思い出の素



posted by ようちゃん at 12:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い

2006年10月13日

在宅介護で悩ましいこと

ばあちゃんには認知症特有の「問題行動」
はあまり見られなかった。

しかし、世間では
特に動ける認知症の人に、
「問題行動」というのが出るらしい。

徘徊、被害妄想、攻撃的行動、介護抵抗などなど。

これらは一般的に「問題行動」と呼ばれてはいるが、
それは、介護する側からの視点なのだそうだ。

異常と思われる行動であっても、
本人にっては理屈が通っているのだが、

認知症の中心症状である
判断力の低下、記憶障害などのために、
普通とは違った行動をしてしまう
ということらしい。


私はこの問題行動の中で、
両親がこれになったらどうしよう
と前々から不安に思っていた症状がある。

それは、続きを読む



posted by ようちゃん at 12:53 | Comment(2) | TrackBack(0) | 認知症

2006年10月11日

オムツを外そう

寝たきり老人=オムツ というイメージがある。

在宅介護では、排泄ケアが最も大変なことだと思う。
そこがプロにお願いする理由だとも思う。


実際は、オムツをしていなければ、
自分でトイレに行こうとする。

すると、転倒したり、
トイレの度に家族が介助しないといけなくなる。

しかし、介護施設でも変わりはしない。
自分で歩いて行ける人でも、
一度危険だと判断するとずっとオムツ。

オムツをしなければ、
ずっと歩けていたのかもしれないのに
寝たきりになる。


本来、大人がオムツをさせられるのは屈辱的なこと。

どうすればオムツをしないで介護できるだろうか
ということを考えないで、
安易にオムツに流れるのは、やはりよくないのだと分かった。

「させられていた」オムツ(介護の心)



posted by ようちゃん at 11:43 | Comment(2) | TrackBack(1) | 思い

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