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2006年10月13日

在宅介護で悩ましいこと

ばあちゃんには認知症特有の「問題行動」
はあまり見られなかった。

しかし、世間では
特に動ける認知症の人に、
「問題行動」というのが出るらしい。

徘徊、被害妄想、攻撃的行動、介護抵抗などなど。

これらは一般的に「問題行動」と呼ばれてはいるが、
それは、介護する側からの視点なのだそうだ。

異常と思われる行動であっても、
本人にっては理屈が通っているのだが、

認知症の中心症状である
判断力の低下、記憶障害などのために、
普通とは違った行動をしてしまう
ということらしい。


私はこの問題行動の中で、
両親がこれになったらどうしよう
と前々から不安に思っていた症状がある。

それは、続きを読む



posted by ようちゃん at 12:53 | Comment(2) | TrackBack(0) | 認知症

2006年08月25日

認知症による感情の起伏。しゃんとしたばあちゃん、機嫌の悪いばあちゃん、無表情なばあちゃん。

ばあちゃんは、認知症になってから、
考え込むような表情が多くなった。

時に何を考えているのか分からない無表情になったり、
自宅で介護している時は、こちらが慣れない食事の準備
に四苦八苦しているのに、理不尽な怒りをぶつけられたこともあった。


認知症になると、感情の起伏が激しくなるようだ。

自分で認知症だと認識せずに話している時は
とっても上機嫌だけれど、ふと頭がつながった瞬間に、
自分の環境を認識した瞬間に、
やり場のない感情があふれてくるのだと思う。

認知症になる前はしっかりしていて、自分に厳しかった人ほど。


徐々にばあちゃんは、あまり元気でない老人しかいない病院の部屋で、
あまり感情を表さないことが多くなった。

それでも、私は、ばあちゃんが突拍子もないおもしろいこと
を言うのがうれしくて、それでほっとしていたものだ。

けれど誰だって、機嫌が悪い老人の相手なんかしたくない。
私も、考えてみれば、無意識のうちに、
「今日はばあちゃんの機嫌が悪くありませんように」
と病院への途中で祈っていた。

本人の認知症に対する不安・あせりは分かっていても、
実際受け止めてあげるのは、難しいものだ。



posted by ようちゃん at 18:54 | Comment(4) | TrackBack(0) | 認知症

2006年08月06日

学習療法

私の住む県で、認知症改善・予防のため
学習療法というのが導入されているそうだ。

学習療法の詳細は、
文字の読み書きや簡単な計算をすることで
脳を活性化することで、
認知症の改善や予防を目指すというもの。


これを最初に取り入れた通所介護施設
導入後三ヶ月の脳機能検査をしたところ、
認知症の傾向がある高齢者に改善の兆候が
みられたという。

全国の介護・医療施設で導入されているそう。

これは、頭の回転というだけではなくて、
情緒的な面でも効果を上げているのだとか。


私はばあちゃんの経験から、計算能力等は
あまり関係ないんじゃないかと思っていたが、
初期の認知症なら効果が期待できるのかな?と思った。

毎日少しずつでも普段の生活ではない
刺激を与えていくことが
認知症予防につながるのだろう。



posted by ようちゃん at 23:48 | Comment(0) | TrackBack(2) | 認知症

2006年07月27日

最後に家族の名前を忘れる

認知症の症状のひとつに記憶障害がある。
それは、順序としては最近の記憶からなくしていくそうだ。

まあ、例えばご飯を食べても、
食べたこと自体を忘れているといったようなこと。

そのような症状から、最後には
昔の思い出、家族の名前・顔なども忘れてしまう。


ばあちゃんは、亡くなる直前に肺炎を起こし、
点滴などの治療を受けた。

少し落ち着いて朦朧としているばあちゃんに、
おばちゃんが私と母を指して、
「これ誰か分かるん?」
と聞いた。

ばあちゃんは、嫁である母の名前も言えた。
白黒のばあちゃんの家族の写真を見ても
どれが誰であるかはっきり言えたし、
思い出話もしてくれた。


確かに、妄想などの症状が出てはいたが、
記憶障害という点では、ばあちゃんは頑張っていたのだ。


記憶をなくす順序は、本で読んだのだが、
思わず涙が出てきた。

どれだけ頭でばあちゃんが頑張っていると思っていても、
実際には衰えていく一方に見えたのだ。

最後には家族の名前も忘れる…

ごめん、ばあちゃん。
どれだけばあちゃんが頑張っていたか、
私は全然知らなかった。



posted by ようちゃん at 20:37 | Comment(3) | TrackBack(0) | 認知症

2006年07月13日

小さな変化

療養病床で10月から負担増となる医療制度改革で、
重症状態などが続くなどの患者は、食材費のみ自己負担
に軽減されたそう。
高齢者でも情け容赦なくなってきてるな。。


さて…
認知症になると、好きだったことに興味をなくすという。

ばあちゃんもその一人で、
なんでもやる多趣味な人だったのに、
今思えば、寝たきりになる前からでも、
少しずつその兆候は現れていた。

ほんとうに少しずつ。

去年の夏の出来事は、はっきりと覚えている。
玄関を上がった所から
廊下の向こうのばあちゃんの方の台所を見ると、
ばあちゃんは、ズボンがずり下がって、
おしりが半分出た状態で、
ちゃぶ台に腰掛けていた。
それも何を考えているのか分からない
ぼ〜っとした表情で。

母と二人で思わず顔を見合わせ、
「あれ、いけるん?」
と、母が言った。

私は、その頃少しばあちゃんを避けていた。
怖かったのかもしれないが、
ちょっと違うかもしれない。

あの頃、いや、それからしばらく、
ばあちゃんが最期を迎えた老人病院に入院するまで
認知症や、介護について無知だった。



posted by ようちゃん at 23:43 | Comment(2) | TrackBack(0) | 認知症

2006年07月03日

認知症〜現実を超えた世界

帰ろうとしたら、
無理を言うようになってきた頃。

私は、ばあちゃんの想像に合わせて、受け答えをする。

最後の会話が、
『神様は忙しい人やけん、家に帰って言うとくわ』

自分でも、訳の分からない会話になっている。

あかん、あかん、真剣さが足りん。
何を言っているのかなんて、
考えたらおかしくなってくる。

ほんま、ばあちゃんの言っていることは、
夢を見ているようで、理解に苦しむ。

『包んで乗せてひっくり返したら、治る』(笑)
とか言ってので、多分、
元気になりたいと思っているんだろう。

たまに世界観が違いすぎて、しんどくなることもある。
認知症の人との会話は大変だ。



posted by ようちゃん at 21:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | 認知症

2006年06月27日

ぼけるか、ぼけないか

最近、計算ドリル?みたいなのがはやっている。

かなり前だが、頭の体操になるかと思い、
ばあちゃんに簡単な計算問題を作って解いてもらった。

なんと全問正解。

だから、認知症になる人と、ならない人の違いは、
もっと基本的なことのような気がする。

思うに、頭が柔らかい人は、
ぼけにくいんじゃないかと。

高齢で元気な人の話は、ユーモアがあっておもしろい。

母の知り合いのお姑さんは、
ばあちゃんと同じくらいの年齢で元気だ。
その人は、同世代の人が
くだらないと言うようなお笑い番組を見て、
げらげら笑っているそうだ。孫と一緒に。

私も介護や看護の必要ない、元気な老人になりたいなあ。



posted by ようちゃん at 20:54 | Comment(5) | TrackBack(1) | 認知症

2006年06月16日

根気がいる認知症介護

介護していて、あまり機嫌がよくない時は、
あれしろこれしろと言う。

ある時、どうしてもカラオケに行くんじゃ、といって聞かない。
カラオケとは、町内のお年寄りが集まって歌っているもの。

だめだと言っても、聞かない。
腹が立ってきたので、つい厳しい口調になる。
すると、ばあちゃん、私に吐き捨てた!

『いやらしいっ』(意地悪という意味)

すねちゃった(笑)

後で考えると、違ったなあと思う。
認知症の人は、自分の言っていることが
間違っていると思っていない。

そこがまた、認知症介護の
難しいところであり、根気がいる。



posted by ようちゃん at 18:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | 認知症

2006年06月14日

歩くこと、そして、認知症

ばあちゃんが、車いすに乗ったという記憶があまりない。

腰を痛めてから、ずっと杖。
そして、座っていることが多くなり、
寝たら、寝たきり。
今では、全介護である。

しかし今も、自分の足で歩くことに
強いこだわりを見せている。

ほんの一年くらい前までは、
入院していたが、普通に歩けた。

退院後も、以前より、歩くことは少なくなったが、
日課の散歩は続けていた。

だんだん、腰をかばいきれなくなったのだろう。
そして、認知症。

ばあちゃんは、この一年ですっかり変わってしまった。

歩けなくなったのは、両方が原因だろう。
認知症になると、自分で栄養を考えた食事ができなくなる。
放っておけば、やせてくるのだ。

認知症を進行させないためには、
重大な症状を家族が見逃さないことしかない。



posted by ようちゃん at 17:52 | Comment(7) | TrackBack(0) | 認知症

2006年06月08日

認知症?痴呆症?

ばあちゃんは、たまに、家にいると思っている。

『冷蔵庫の中に、アイスがあるけん、取って』と言って、
壁を指差したりする。

ある時には、
『洗濯機に洗剤入れたかいなあ?ちょっと見て』

また別の時に、私が行くと、
『どこ、行っとったん?』などと聞く。

痴呆症、と言うと、『あほ』と同じ漢字だから、失礼だ!
と言う人がいるらしい。
しかし、認知症も意味が正しく伝わらないとして、
賛否両論あるようだ。

うちのばあちゃんは、財布が取られたとかは言わない。
それどころか、この前
ガソリン代として、おこずかいをくれた。

がい(=気、自我が強い)なだけに、
割と、しっかりしている。
(それで困ることもあるのだが、、、^^;)



posted by ようちゃん at 14:22 | Comment(2) | TrackBack(1) | 認知症

2006年06月03日

被害妄想

認知症になると、被害妄想が強くなると聞いた。
財布を盗ったとか言うのは、聞いたことある。

認知症の人は、頻繁に顔を合わせない、
家族や友人、親戚などには、
しっかりした大人の顔を見せることがよくあるという。

問題は、被害を受けたことを、もっともらしく、
真実であるように話すので、信じてしまうことだ。

私も、本当にそんなことを言われたら、
信じてしまうかもしれない。

『うちのばあちゃんも、そこまで抜けてはいないよ』って。

いつも、つじつまが合わない話の多い人が、
しっかりした態度を取るのだから、無理もない。

心配だけど、そうなった時は、
しばらく様子を見たり、介護側に相談する
ってのがいいんだろうなあ。


関連URL:http://blog.goo.ne.jp/cherry-blossom-front/e/703ddf15ecc26d6d88b59a9dc883cded



posted by ようちゃん at 22:36 | Comment(8) | TrackBack(1) | 認知症

2006年05月29日

認知症の人の世界を理解する

心の癒し。

そんなものが、
ばあちゃんにあればいいのだが。

最初は、短歌など勧めていたが、
今は、何にも興味を示さない。
ほとんど空想の世界だ。

ある時、行ってみると、
『花を植えた』と言う。

行くはずだった介護老人福祉施設に植えたのだそうだ。
それを窓から見ていると言うばあちゃん。

それから、しばらく経って。

『(あの施設に)植えた花は枯れただろか?』

ばあちゃんは、自分が想像したことは、決して忘れない。

認知症の人には、その人の世界がある。
私たちが理解できる想像もあれば、
意味不明なことを言うこともある。

異様に見える行動も、原因を探っていけば、
理解に繋がることもあるかもしれない。



posted by ようちゃん at 18:50 | Comment(6) | TrackBack(0) | 認知症

2006年05月20日

妄想をいい方向に持っていく

『歩けるようになったら、
どんなことしたいか、想像してみて』

ばあちゃんには、よく、そう言っていた。
目標ができると、希望が持てる、と思うからだ。

ある時、ばあちゃんは言った。

『阿波踊りの下駄が欲しい。下駄屋に連れて行って』
『靴を皆目持ってないけん、下駄が欲しい』とも。

また買っといたげると言っても、
『ようちゃんが見ても分からんけん、自分で選びたい』

…え〜、下駄って…
困っている私に比べ、ばあちゃんの目は、
少女のように輝き、花が咲いたような笑顔を浮かべている。

『じゃあ、歩けるようになったら買いに行こう』と言い、
何とか分かってもらった。

照れたような笑顔が咲いた。

認知症の妄想というと、被害妄想とか、
よくない症状だろうと思いがち。

しかし、それは、不安だから。

よーく話を聞いてるよ、大丈夫だよ、
と話を聞いて、安心させる。

そしたら、いい方向に想像できるのではないかと思う。

もちろん、いつもではないが、、、



posted by ようちゃん at 18:31 | Comment(7) | TrackBack(0) | 認知症

2006年05月15日

認知症の人への接し方

こんなHPを見つけた。
認知症のお年寄りの接し方の原則

認知症のご家族がいる人はご参考までに。

認知症は、ちゃんと知っておかないとだめだ。
お互いが不幸になる。

失敗しないような環境をつくるって大事だなあ。
しかし、話を合わせる・否定しないって、結構難しい。
全く意味が分からないこともあるし、
こっちだって、心に余裕がないとできない。

んー、ああ、話題を変えるって方法もあるんだ。



posted by ようちゃん at 11:21 | Comment(9) | TrackBack(0) | 認知症

2006年05月13日

記憶障害に見え隠れするキモチ

ばあちゃんは、なぜか点滴をしてもらいたがる。
血管がもろくなっているので、腕は、点滴のアザだらけだ。
多分、点滴をすると楽になるのだろう。

看護師さんが通ると、
『点滴お願いしま〜す』と言う。
その度になだめる。
認知症の人は、記憶障害があるため、
さっきしたばかりでも、忘れてしまうのだ。

私『今日はもうしたんじゃわ』
ば『ほうかあ〜?』
看護師さん、通る。
ば『点滴お願いしま〜す』
私『今日は終わったよ』
ば『ほうかあ〜?』

したらしたで、とっても痛そうに顔を歪める。
私も見ていてつらい。
でも、ややもすると、
『点滴お願いしま〜す』のとこだけしか、
聞かなかったりするのだ。

介護される側だが、ばあちゃんも戦っている。
もちろん、看護師さんも大変だ^^;



posted by ようちゃん at 20:45 | Comment(6) | TrackBack(0) | 認知症

2006年04月19日

ちぐはぐな連想も認知症だからこそ?

奈良に住んでいる妹が、
お見舞いに行った時のこと。

その前に、妹は体が大きく、
かなり体重もあることを付け加えておく。

妹『ばあちゃん、奈良に帰ってくるけんな〜』

ばあちゃん『ほうかあ〜、ほな○○ちゃんはな〜、
      奈良帰ってな〜、

大仏になれえよ


…(絶句)

この突飛な連想。
それが、普通の人にとっておもしろい原因だ。
だが、私たちにとっては、全く連想が繋がらない
ことを言うことの方が多い。

連想が繋がっていない点では、スキゾフレニア(=連想の分裂)
を原語に持つ、統合失調症に似ている。

統合失調症の症状が明確に記述された時は、
「早発痴呆」と呼ばれていたそうだ。

しかし、認知症(痴呆症)の場合とは違い、
経過がさまざまであることから、ふさわしくないとされた。

ただ、認知症の中にも、治る種類のものもあるようだ。



posted by ようちゃん at 16:49 | Comment(2) | TrackBack(0) | 認知症

2006年04月14日

気を使うのは認知症でも同じ?

ばあちゃんは、肺が悪く、一時すごく調子の悪い時があった。
いつも『せこい、せこい(息苦しい)』と言っていた。

それに加え、機嫌が悪いとなれば、
介護するとなると、最悪だった。
『このつらさが、どして分からんのな!』と言い、
何をしてもつっかかってくる。
内心、むかむかしながらも、仕方なく言うことを聞く私。

すると、介護士さんが、
『おむつを換えにきました〜』と、入ってきた。
ぴりぴりした雰囲気のばあちゃん。
私も、(うわ〜、余計なこと言わんかったらええけどな〜)
と、冷や冷やしていた。
そしたら、、、

『あっ、すみませ〜ん♪』

おいっ、今までのは何だったんだ?

認知症(痴呆症)であっても、このようなことは
特別ではないらしい。

私たちも、世間に対しては、理性的に振舞うけれど、
身近な人には安心して、本音をぶつける。

これと同じで、認知症の人も、家族など、
身近な人に対しては、一番重い症状を見せるのだ。

これは常に、気を使う環境にいるということ。
だから、介護・看護・治療をしてくれている人たちには
言えないことを聞いてあげるのが、
たまに行く私の役目ではないかな、と思っている。



posted by ようちゃん at 18:45 | Comment(0) | TrackBack(1) | 認知症

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